怖いときにも目をつぶるな 『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』

B級愛
 1950年代から60年代、B級ホラー映画を中心に活躍したウィリアム・キャッスルというプロデューサー兼監督がいた。ホラー映画の名作中の名作『ローズマリーの赤ちゃん』('68・ロマン・ポランスキー監督)のプロデューサーとして大きな実績を残してるが、それよりも監督としてマニアの間では有名な人なのだ。いや、監督として良い作品を残したからと言うわけではない。例えば1959年にキャッスルが監督した『地獄へつゞく部屋』では、上映中に観客の頭上をワイヤーで吊したガイコツを飛ばしたり、1960年の『13ゴースト(未)』では、観客に特殊な眼鏡を配布し、それをかけることによって劇中に登場する幽霊が見えるようになるギミック(仕掛け)を取り入れた。作品の内容うんぬんよりも、こういった観客を楽しませるための技術を取り入れた「ギミックの帝王」として有名なのである。

 そんなギミックの面白さで彼のマニアは今でも多く、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズのロバート・ゼメキスは『地獄へつゞく部屋』『13ゴースト(未)』のリメイクを製作するほどの熱心なキャッスルマニアなのだ。
 そして当然ジョー・ダンテもおそらくこのキャッスル監督作品にハマったマニアだったに違いない。
 前回書いた『グレムリン2』で、ダンテが「観客を巻き込みたかった」という仕掛けは、キャッスル的なギミックを現代に蘇らせたものだ。

 そのダンテが、もっともストレートにキャッスル監督とB級ホラーに対するリスペクトを表したのが、今回紹介する『マチネー/土曜の午後はキッスで始まる』('93)だ。
 ダンテは『マチネー』の中で、ウィリアム・キャッスルをモデルにしたローレンス・ウールジーという架空のB級監督を登場させ、B級映画に対する愛を熱く語っている。
 ただし、ダンテが描きたかったのはそれだけではなく、ウールジーという男を通して、1960年代の人々を描いた作品なのだ。


ダンテの青春映画・・・・・・?
 『マチネー』の舞台は、1962年のフロリダ。当時のアメリカは、隣国キューバと一触即発の情勢であり、特にフロリダは海峡を隔てた目と鼻の先がキューバである。さらにキューバに核ミサイルが配備され、いつミサイルが飛んできてもおかしくない状況になっていた。市民が核の恐怖におびえる中、B級ホラー映画監督、ローレンス・ウールジーが新作映画『マント/原子蟻人間現る』をひっさげてやってくる。現実の核の恐怖と、映画の中の核の恐怖。この二つの恐怖を匂わせながら『マチネー』は幕を開けるのだ。

 キューバ危機を題材にした映画と言えば、ロジャー・ドナルドソン監督の『13デイズ』('00)が有名だろう。『13デイズ』は、ホワイトハウスの内側から見た状況を描いたものだったが、『マチネー』はあくまでも庶民の心情を描いていく。だから核戦争におびえ、食料品を買い占めたり、核シェルターに逃げこむ大人達。新作映画をヒットさせようとする映画監督。そして恋愛に悩む少年少女たちを、まったく同じレベルで扱っているのだ。その混乱した状況こそが、当時のリアルな世界だったのではないか。
 そしてそこにダンテの目的がある。1962年は、ダンテが16歳の頃。ちょうど彼が青春をすごした時代だ。純粋にホラーやSF映画を見まくりながら、キューバ危機を体験したはず。ホラーやSF映画を作り手となった現在でも、社会情勢などで娯楽を娯楽として楽しめなくなってしまうことを恐れるという気持ちがあるからこそ、この題材に手がけたに違いない。
 劇中に登場する映画監督、ウールジーはこう語る。「映画館に足を踏み入れて、入り口で入場券を渡せばもう外へは出られない。期待に胸を弾ませて暗い場内に入る。そして言う “ 楽しませてくれ ”」
 つまりホラー映画を本当に楽しむには、現実の世界にホラー(恐怖)があってはならないということなのだ。映画の中で(娯楽として)恐怖を味わったあと、戻るべき安全な現実があるべきなのだ。キューバ危機だの、核兵器なんてとんでもない!と。これこそダンテが『マチネー』で語りたかったテーマなのである。


社会派監督、ジョー・ダンテ・・・・?
 ダンテと言えば、『グレムリン』シリーズに代表される、単純な娯楽映画ばかりを撮っていると思われがちだが、この『マチネー』では、やや遠回しながら社会批判的な表現が見え隠れする。
 新作ホラー映画公開にキューバ危機という真のホラーを組み合わせたことももちろんそうなのだが、1950年代から60年代のホラー・SF映画と言えば、放射能の影響で突然変異の怪物が生まれたり、人間・動物が巨大化するような作品が多く作られていた。本作の中で見られる劇中劇『マント』も同様で、人々が核の恐怖の真っ只中にいる時に、この手の作品を公開することを良識派は「不謹慎だ!」「子どもの教育に悪い!」と声高に叫び、上映の中止を訴える。しかし、その良識ぶった大人たちが何を知っているというのか。
 先に、戻るべき安全な現実があるからこそ、ホラー映画を楽しむことが出来るという事を書いたが、結局現実は安全なものではない。その状況にダンテは本気で怒っている。そして核武装などではなく、映画という手段で、観客に現実のおかしなところや、危険さを訴えているのだ。
 劇中のウールジー監督はこうも語る。「大人が偉いと思っているのかい?子どもと同じで何もわかっちゃいないのさ」「怖い時にも目をつぶらないようにしろ。その怖さを他の人に伝えるために」
 ジョー・ダンテは真面目に現実と向き合うために、いつでも真剣な映画作りをしているのだ。


マチネー/土曜の午後はキッスで始まる 原題:Matinee
99分 カラー ドルビーSR
画面サイズ1.85:1(日本版DVDは4:3)
アメリカ公開1993年1月29日
日本公開1993年7月17日

監督:ジョー・ダンテ
原案:ジェリコ&チャーリー・ハース
脚本:チャーリー・ハース
製作:マイケル・フィネル
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
撮影:ジョン・ホラ
出演:ジョン・グッドマン、サイモン・フェントン、オムリ・カッツ、ケリー・マーティン、リサ・ジャクブ他


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このページは、良實が2008年6月18日 00:51に書いたブログ記事です。

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