「映画」の自由さ〜『グレムリン2/新・種・誕・生』
前回の「ダンテ地獄篇」で書いた『グレムリン』('84)は、アメリカ公開日からわずか2日で製作費を回収するほどの特大ヒット作になったため、映画会社はすぐさま続編製作の企画を練り始め、何人もの脚本家がいくつもの案を考えたようだ。ところがなかなかいい脚本ができなかったらしい。中には巨大化したギズモとグレムリンが街で暴れるという怪獣映画のようなアイディアもあったそうだが、結局何年も企画はまとまらなかった。
これらの企画段階では、監督のジョー・ダンテは無関係だったが、ある日ダンテは映画会社の管理者とたまたま顔を合わせ、続編の企画を考えて欲しいと直接依頼を受けた。
そしてダンテに依頼された続編の条件は<90分から2時間以内の作品で、『グレムリン2』にしてくれればいい>というものだった。この依頼に対してダンテはこう話している。
「なかなか無い機会だよ。全くの白紙に自由に描いていいなんて」
そう、映画会社は大ヒット作の続編で、もう一度ボロ儲けを考えていたのかもしれないが、ダンテは思いっきり自由なモノにしてしまったのだ。
ダンテをはじめとしたスタッフは、とにかく思いついたことをメモ書きして、それを一本の作品にするという方法で脚本を仕上げていった。おかげでストーリーはゴッタ煮状態。もっと悪く言えばメチャクチャなのである。そうして出来上がった脚本は、ニューヨークのハイテクビルを舞台にグレムリンが暴れまくるというストーリーもあって無いようなもの。全編作り手の自由な遊び心で彩られたものに仕上がった。
しかし、そのメチャクチャさが『グレムリン2/新・種・誕・生』('90)を傑作にしているのだ。
映画が始まって30分、登場人物や設定などの説明がすんでしまえばパーティの始まりだ!舞台となるビル内にある遺伝子工学研究所でクモやコウモリと合体するグレムリン。ランボーのようにアーチェリーで対抗するギズモ。前作のパロディを演じる出演者たち。さらに映画解説者が画面に登場し、前作をクソミソに批判する。
そして挙げ句の果てにダンテは映画という表現そのものを破壊する行為に出る。この『グレムリン2』でワタクシが一番驚いたのがこれだった。未見の人のためにネタバレは避けるが、ダンテはそのシーンで「観客を巻き込みたかった」と語っている。まんまとワタクシはダンテの狙い通り巻き込まれ、気づいた時には大爆笑だった。(ちなみにこのシーン、テレビ・ビデオ用には別のネタが撮影されている。DVDではそのバージョンも特典映像で見られるので、見比べてみるのも楽しい)
そもそも「映画」という表現に絶対的な決まりというものがあるのだろうか?いや、「面白い」とか「面白くない」などというレベルの話ではなく、何をもって「映画」と定義づけることが出来るのか?
ストーリーが破綻していないこと?主人公が派手なアクションをしたり、恋愛に落ちたりすること?90分以上であること?どれも映画にとって絶対に必要なことではない。要するに「○○」があるから(あるいは無いから)「映画」だ!という答えはないと思うのだ。
なぜわざわざこんなことを書いたかというと、(ワタクシにとっては)意外なことに、『グレムリン2』を否定する意見が多いと感じたからだ。
ダンテはありきたりな続編には全く興味が無かったに違いない。特に前作は世界的に大ヒットした作品だ。安易なやり方では薄っぺらな内容の焼き直しにしかならないだろう。そんなものはクリエイターの仕事ではない。あくまでもダンテはクリエイター=映画作家であろうとした。『グレムリン2』という作品を通して、ダンテは「映画」というものがどれほど自由なのかを見せてくれた。だからこそ『グレムリン2』は、どれだけメチャクチャであっても傑作になったのだ。
とは言うものの、繰り返すが『グレムリン2』は、ダンテが思いっきり自由に映画そのものを遊んだ作品である。そんな単なる娯楽作品でありながら、上のように「映画」というものの定義さえも考えることが出来る一本なのだ。
さて、映画会社の大きな期待を背負い、前作の5倍近い製作費をつぎ込み、娯楽作品としても、映画の自由さを観客に提示した『グレムリン2』。興行的にはどうだったのかというと、これがものすごい惨敗。アメリカでの最終興行成績は、製作費さえも回収出来ない収入だったのであります。
おかげさまで、ジョー・ダンテはしばらくメジャー会社で映画が撮れなくなってしまいました。作品が自由であったために、本人は不自由な立場になってしまいましたとさ。トホホ。
グレムリン2/新・種・誕・生 原題:Gremlins 2: The New Batch
106分 カラー ドルビーSR
画面サイズ1.85:1
アメリカ公開1990年6月15日
日本公開1990年8月4日
監督:ジョー・ダンテ
脚本:チャーリー・ハース
製作:マイケル・フィネル
音楽:ジェリー・ゴールドスミス
撮影:ジョン・ホラ
出演:ザック・ギャリガン、フィービー・ケイツ、ジョン・グローバー、クリストファー・リー他
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俺は『グレムリン』よりも『グレムリン2』の方が断然面白かったんだけどなぁ。
俺は映画館で見ることが出来たから良かったけど、あのハチャメチャなLIVE感はDVDとかでは伝わらないんだろうなぁ。
あのラストのホーガンのシーンはDVDに入ってるんだっけ? まぁ、入っててもやっぱり映画館で見た時ほどのオドロキは感じないだろうな〜。
>早志
ホーガンのシーンはDVDに入ってるけど、やっぱり言う通り驚きは少ないねー。まぁ一度劇場で見てるってこともあるけどね。
あの驚き&楽しさは、劇場で見た人だけの特権みたいなものかも。