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    <title>平良竜次の「映画報」～eiga-Ho!!!!!～</title>
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    <updated>2008-08-15T15:33:27Z</updated>
    <subtitle>映画サークル「突貫小僧」の古参メンバー・平良竜次が、有象無象の映画とその周辺を文字とイラストで語ります。
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    <title>『インディ・ジョーンズ　クリスタルスカルの王国』  ルーカスとスピルバーグの痛快な生涯現役宣言!！</title>
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    <published>2008-07-01T06:33:33Z</published>
    <updated>2008-08-15T15:33:27Z</updated>

    <summary>※注意！　結末が分かる内容が含まれています。 映画の魅力を教えてくれた二人の作家...</summary>
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        <name>竜</name>
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    <category term="インディ・ジョーンズ" label="インディ・ジョーンズ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="ジョージ・ルーカス" label="ジョージ・ルーカス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="ハリソン・フォード　" label="ハリソン・フォード　" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tokkan-kozo.com/tairablog/">
        <![CDATA[<p><strong>※注意！　結末が分かる内容が含まれています。</strong></p>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88.html','popup','width=500,height=436,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/インディジョーンズイラスト-thumb-500x436.jpg" width="500" height="436" alt="インディジョーンズイラスト.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

<p><strong><big>映画の魅力を教えてくれた二人の作家</big></strong></p>

<p>この文章は純粋な作品論ではない。<strong><a href="http://www.indianajones.jp/">『インディ・ジョーンズ　クリスタル・スカルの王国』</a></strong>を通して見た作家論である。僕にとってこの二人、ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグは、初めて映画の魅力を教えてくれたかけがえのない監督なのだ。</p>]]>
        <![CDATA[<p><strong><big>ルーカス＆スピルバーグファンって恥ずかしいこと…？</big></strong></p>

<p> </p>

<p>ルーカスとスピルバーグ。</p>

<p>この偉大な二人の監督の名前を聞くだけで胸がときめいてしまう。</p>

<p>幼い頃、母に連れられて入った映画館で<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000GD7YK0?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000GD7YK0">『スター・ウォーズ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000GD7YK0" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`77）のドッグファイトに圧倒され、<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000B4NFUC?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000B4NFUC">『E.T.』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000B4NFUC" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`82）では、汚い大人たちから“友達”である宇宙人を守ろうと奮起する子どもたちに共感。その後も二人の作り続ける作品は欠かさず見続けてきた。</p>

<p>けれど。</p>

<p>思春期を迎え、世の中を斜に構えて見ることを覚えるようになると、表だって彼らの作品を「大好き！」と言うのが、なんだか恥ずかしいような気になってしまった。難しい顔した評論家先生方の「子どもだまし」「空虚な大作主義」というルーカス、スピルバーグ批判にも反対できず、「そうなのかもしれない」と思うようになってしまった。</p>

<p>代わりに、ヌーヴェル・ヴァーグを“発見”し、ジョナス・メカスの日記映画に心ときめき、あまり知られていないカルト映画を訳知り顔で語るようになった。それが大人なのだと思い込んでいたのだ。</p>

<p>でも、それでも、僕の心の中にはいつも二人の作品が大きな位置を占めていた。</p>

<p>三十も過ぎると、そんなめんどくさい屁理屈も消え失せ、子ども返りでもしたかのうように、再びルーカスとスピルバーグの作品を見るようになる。そこには子どもの頃には決して見えていなかった新たな魅力が溢れていた。</p>

<p> </p>

<p><strong><big>ルーカスはいつだって自分を描いていた</big></strong></p>

<p> </p>

<p>ルーカスの作品（プロデュース作も含む）は迫力ある壮大なビジュアルと対比するように、人生のほろ苦さが顔を出す。<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000E6GB7Q?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000E6GB7Q">『アメリカン・グラフィティ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000E6GB7Q" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`73）では、自身の高校時代の思い出を物語として綴りつつ、アメリカの青春だった50年代が終わり、ベトナム戦争の暗い影が迫りつつある状況描写を匂わせた。彼はこの映画でアメリカと自分の年代記を見事にシンクロさせているのだ。</p>

<p><strong>『スター・ウォーズ』</strong>シリーズ（`77～`05）も、地球から遠く離れた銀河の戦いという絵空事でありながら、父子の確執、右腕を失うという主人公の大ケガ、ただのハッピーエンドのように見えて、実は次なる問題が孕みつつある状況など、ルーカス自身が辿った人生（進路に対する父の反対、レース狂、大事故、経済的な成功）がところかしこになぞらえられている。</p>

<p>彼の監督作はわずか六作品。それより製作総指揮や自分の会社であるILMの経営などの活動が目立つため、映画ファンの間では、ビジネスマンとして捉えられている向きがあるが、僕は彼の作家としての側面がもっと取り上げられて良いと思っている。彼を知ることは、アメリカを、アメリカ人を知ること。「子どもっぽさ」が「可能性」としてプラス面に把握されるこの国の強さを知る良い材料となるはずだ。</p>

<p> </p>

<p><strong><big>スピルバーグ、落ちこぼれが掴んだ星</big></strong></p>

<p> </p>

<p>そしてスピルバーグ。僕は彼の生い立ちを知るにつれ、尊敬というより、限りない共感と愛おしさを感じてしまい、冷静になれなくなる。</p>

<p>スピルバーグの子ども時代は辛い出来事に満ちている。両親の不仲、病弱、いじめ、勉強の出来ない落ちこぼれ。度重なる引っ越しで友達作りもままならない彼が、映画に耽溺するようになるのは必然のことだったのだろう。</p>

<p>映画を見るということは孤独を癒す行為だ。スクリーンの向こう側で輝くスターや異国での奇想天外な物語は、つまらない日常やイヤな出来事を忘れさせてくれる。ただ、彼はそれだけで終わらなかった。15歳でカメラを持ち、父の戦争体験をモチーフに短編映画を作ったのだ。</p>

<p>文章や絵画、ダンスなど、どんな創作活動も、全ては自分自身を表現することに繋がる。スピルバーグは映画を通して初めて自分を表現し、しかもそれを映画館で上映し評価を得た。初めて自分が認められたという少年期の経験が、彼の現在に繋がる旺盛な創作活動の原動力となったのは言うまでもないだろう。</p>

<p>僕が彼の作品を見ていて感じるのは表現に対しての真摯な姿勢だ。宇宙人もUFOも恐竜もホロコーストも、「これなら売れるだろう」という前に「これをスクリーンに映し出したい」という素直すぎる欲求が垣間見えて、嬉しくなってしまう。スピルバーグにとって映画とは自分の生きた証しを残すための、そして他人と繋がるために無くてはならない切実な手段なのだ。</p>

<p> </p>

<p><strong><big>二人のリラックスぶりが楽しい快作</big></strong></p>

<p> </p>

<p>そんな、映画に自分の人生を重ねてきた二人が19年ぶりにタッグを組んだのが<strong>『インディ・ジョーンズ　クリスタル・スカルの王国』</strong>である。時代設定を前三作の30年代から50年代後半に移した本作は、敵もナチスドイツからソ連軍に変わっているが、これまで培ってきたシリーズの雰囲気を見事に保ち続けている。</p>

<p>それにしても本作の、肩の力の抜け具合は気持ちいいのひと言に尽きる。まるでルーカスとスピルバーグの思い出話を聞くような楽しさに満ちあふれているのだ。</p>

<p>たとえばオープニング。砂漠を駆け抜ける米軍の一団が登場するが、そこに闖入者が現れる。奔放な若者たち四人が乗ったカスタムカーが米軍にレースを仕掛けるのだが、この車、<strong>『アメリカン・グラフィティ』</strong>で若きハリソン・フォードが乗る1932年型フォード・ロードスターなのである。</p>

<p>他にもニヤリとさせる箇所がてんこ盛り。最初のアクションシーンの舞台となる場所は<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000OPOBB0?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000OPOBB0">『未知との遭遇』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000OPOBB0" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />のモチーフとなった秘密基地エリア51だし、<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0015U3N4Y?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0015U3N4Y">『レイダース　失われたアーク（聖櫃）』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B0015U3N4Y" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`81）で登場したアークが出てきたり、<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0015U3N5I?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B0015U3N5I">『～最後の聖戦』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B0015U3N5I" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`89）でインディの父親として客演したショーン・コネリーの写真が飾られていたりと、ルーカスとスピルバーグの関わった作品のモチーフが山のように登場する。二人の作品を少しでも見たことがある人であれば、スクリーンから一時も目を離すことができないはずだ。</p>

<p> </p>

<p> </p>

<p><strong><big>二人が少年期を過ごした50年代のタイムカプセル</big></strong></p>

<p> </p>

<p>ファンにとってノスタルジーを喚起させるモノが次々と現れるが、すぐに、本作を作ったルーカスとスピルバーグ自身もこのノスタルジーを楽しんでいることが分かるはずだ。二人にとってのノスタルジー、それは少年期を過ごした50年代である。</p>

<p>インディと一緒に旅をすることになる不良少年マットは、革ジャンにハーレーという出で立ちで登場するのだが、これは<strong><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JVRTJK?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000JVRTJK">『乱暴者』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000JVRTJK" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></strong>（`53）のマーロン・ブランドとまったく同じいでたちである。さらに砂漠の原爆実験場（アトミック・カフェ）、赤狩り、反共運動、米ソのスパイ合戦と、きな臭くも懐かしい50'sの政治・文化・風俗に彩られている。</p>

<p>ルーカス少年とスピルバーグ少年が過ごした50年代アメリカで八面六腑の活躍をするインディ。三人が同じ時代で同じ空気を吸っている、そう考えただけでなんだかワクワクするではないか。</p>

<p> </p>

<p><strong><big>視点が変わった父子関係</big></strong></p>

<p> </p>

<p>以上のように、本作はノスタルジーと活劇が重要なキーワードとなっているのだが、それだけでは終わらない。もう一つ。本作をルーカスとスピルバーグの自伝的な側面を強調しているものがある。それは父子関係である。</p>

<p>前述のマットはインディの息子である。インディはマットの母親マリオン（<strong>『～失われたアーク（聖櫃）』</strong>のヒロイン）の告白でその事実を知ってしまう。この下りとその後の関係性も面白いが、ふと思ったのがルーカスとスピルバーグ作品に登場する父子関係についてである。</p>

<p>少年期に両親が離婚したスピルバーグにとって、父は大好きだが「自分のそばにはいない」存在。<strong>『E.T.』</strong>の主人公は母子家庭で、父の残した洋服の匂いを嗅ぎ懐かしむ。一方ルーカスにとって父親は自分の夢に反対し、小さな田舎町に縛り上げようとする存在であり、それは<strong>『スター・ウォーズ』</strong>シリーズにおけるルークとオウエン叔父さん、アナキンとオビ＝ワン・ケノービの関係に表されている。そして『インディ・ジョーンズ』シリーズでは、二人の父子関係がミックスされており、<strong>『～最後の聖戦』</strong>で登場するインディの父親は愛すべき存在だが、仕事に没頭し息子を顧みてこなかった人物として描かれている。</p>

<p>二人が描いてきた父子関係は、子どもを自分側としてきたが、今回はその逆、父親側から捉え直している。これには訳がある。70年代後半のブレイクから三十年余り。その間に二人とも結婚し、子どもをもうけ、そして離婚するという経験を持ったのだ。</p>

<p>子どもの感性を大切にし、それを作品に仕立て、富と名声を得た二人。だが時は残酷で若かった二人は老いてしまった…。そして現在、ルーカルとスピルバーグは誰でもそうするように、新たな時代を子どもたちの世代にに託さなければならない役目を持っている。本作では、そんな二人の思いを引き受けるかのように、インディは息子マットと共に冒険を続ける。</p>

<p> </p>

<p><strong><big>引退？　まだまだ！</big></strong></p>

<p> </p>

<p>では、この映画はルーカスとスピルバーグにとって老いを表明し、舞台を降りるための花道となっているのだろうか？　</p>

<p>答えは否！　それはラストのインディの帽子に表現されている。</p>

<p><strong>『インディ・ジョーンズ　クリスタル・スカルの王国』</strong>は、老いてなおかくしゃくとする偉大なる二人のクリエイター、ルーカルとスピルバーグの現役続行を華々しく表明した作品である。それをリアルタイムで見ることができて嬉しい限り。いつまでも付いて行きまっせ！</p>]]>
    </content>
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    <title>『ノーカントリー』　コーエン兄弟が見せつける　災いについての現代の神話</title>
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    <published>2008-06-17T13:27:18Z</published>
    <updated>2008-08-15T15:35:12Z</updated>

    <summary>※ 注意！　結末が分かる内容が含まれています。 　私たち人間は、死を前にして、為...</summary>
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        <name>竜</name>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://tokkan-kozo.com/tairablog/">
        <![CDATA[<p><strong>※ 注意！　結末が分かる内容が含まれています。</strong></p>

<p><br />
　私たち人間は、死を前にして、為す術のない弱々しい一匹の動物に過ぎない。<br />
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/chigurh%E5%AE%8C%E6%88%90.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/chigurh%E5%AE%8C%E6%88%90.html','popup','width=550,height=425,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/chigurh完成-thumb-280x216.jpg" width="280" height="216" alt="chigurh完成.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span></p>

<p>　コーエン兄弟の最新作<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B001APXBUA?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B001APXBUA">『ノーカントリー』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B001APXBUA" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />は、そんな気付きたくもなかった真実を、まざまざと見せつけるオソロシイ映画である。</p>

<p>　舞台は１９８０年のアメリカ南部。偶然、ギャングの大金をせしめたモス（ジョシュ・ブローリン）は、そのために冷徹な殺し屋シガー（ハビエル・バルデム）に狙われる。引退間近の保安官ベル（トミー・リー・ジョーンズ）は長年の経験で得た嗅覚で二人を追うが、有効な手だてを立てられない。その間にもシガーは人々を血祭りにあげながら、渇いた荒野を突き進む…。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p></p>

<p><br />
<big><strong>映画史上最強の悪役・シガー</strong></big></p>

<p></p>

<p>　粗筋だけ聞くと、よくあるマンハント（人間が人間を狩る）物であり、これまでも似たような作品は山のように作られてきた。だが『ノーカントリー』はそういった作品群から十歩も百歩も抜きん出た傑作となり得ている。その一番の要因は、殺し屋シガーの異様なキャラクター造形にあるといっても過言ではない。</p>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/cattlegun%E5%AE%8C%E6%88%90.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/cattlegun%E5%AE%8C%E6%88%90.html','popup','width=500,height=315,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/cattlegun完成-thumb-280x176.jpg" width="280" height="176" alt="cattlegun完成.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>シガーは行動に躊躇がない。逃げるために保安官を絞め殺し、クルマを奪うためだけに警戒心の無い一般市民を射殺する。さらには薬局から薬を盗むために、店の前に停めてある車を爆破する。ひたすら理不尽で、無謀。ヘンなおかっぱ頭の彼がスクリーンに現れるだけで、私たち観客は、「次は一体何をしでかすのか」と恐怖してしまう。牛の屠殺用圧縮銃や、サイレンサー（消音器）付のショットガンという武器の奇妙さと相まって、シガーの不気味な存在感は時間を追うごとに高まっていく。
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/shotgun%E5%AE%8C%E6%88%90.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/shotgun%E5%AE%8C%E6%88%90.html','popup','width=837,height=283,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/shotgun完成-thumb-550x185.jpg" width="550" height="185" alt="shotgun完成.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

<p><big><strong>神は細部に宿る</strong></big></p>

<p></p>

<p>　シガーの素性や背景が作中、明らかにされることはない。コーエン兄弟は、その他の登場人物のバックボーンもほとんど見せず、またエピソードの起承転結をあいまいにしたりすることで、物語をあえて分かりにくくしているように思える。</p>

<p>　その一方で、コーエン兄弟は演出の技巧を際限なく凝らす。シガーに絞め殺される保安官は、もがき苦しみながら無数のゴム靴底の跡を床に付け、シガーに恐怖するモスは、ホテルのドアの下から薄く漏れる廊下の灯りを見ながら、追跡者がやって来たかどうかを確認する。逆にシガーは換気ダクトの埃に付いた擦り跡を見て、現金入りのアタッシュケースのありかを思案する。前述の圧縮銃でシリンダーが吹き飛ばされ、ぽっかり空いてしまった鍵穴をクローズアップしたカットは、ドアの向こうで待ち構えるであろうシガーの存在を感じさせ、背筋が凍る。<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/Moss%E5%AE%8C%E6%88%90.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/Moss%E5%AE%8C%E6%88%90.html','popup','width=454,height=401,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/Moss完成-thumb-280x247.jpg" width="280" height="247" alt="Moss完成.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span></p>

<p>　「神は細部に宿る」という言葉があるが、コーエン兄弟の作品は常にその言葉通り、細やかな見せ方と演出の積み重ねの上に成り立っている。『ノーカントリー』も然り。その結果、登場人物の台詞や舞台、小道具の一つ一つに到るまで、「何か意味があるのではないか？」と息を凝らして、この恐怖の物語を見つめ続けるようになる。</p>

<p><br />
<big><strong>災いをめぐる現代の神話</strong></big></p>

<p></p>

<p>　コーエン兄弟の企てた「物語の抽象化」によって、１９８０年代アメリカ南部という限定された舞台設定の物語は普遍化し、やがて「災いをめぐる現代の神話」として立ち現れる。そして、私たちに問いかけるのだ。</p>

<p>　「迫り来る死に対して私たちはどうすることもできないのか？」</p>

<p>　結局、シガーとは何者なのか？　思うに彼は、私たちに突如降りかかってくる災い（＝事件・事故・災害など）の擬人化、いわば死神である。</p>

<p>　災いは、その人間の性格やこれまでの行い、社会的な立場や性別を考慮することなく、一方的に命を奪い去る。それを前にしたとき、私たちは為す術もなく無力感に襲われてしまう。シガーも自分が死神であることを自覚しているかのように、他人にコイン・トスのゲームをやらせ、説教し、命を奪う。</p>

<p><br />
<big><strong>死神さえも災いから逃れることはできない</strong></big></p>

<p></p>

<p>　「死を運ぶ男」シガーも、モスの妻から「このゲームなんて無意味。いつだってあなたが答えを出してきたじゃない」と逆に問い返されたとき、おのれの使命にふと疑問を感じてしまう。</p>

<p>　そのときである。彼のもとにも突然の災いが降ってくるのだ。これは、シガーが死神から人間へ戻ったことを表す壮絶な展開だといえる。</p>

<p>　あのシガーでさえも災いを避けられることはできない。このエピソードは、安堵と共に無力さを感じさせる奇妙な体験である。それは、人間はだれしも一生を死の恐怖から抜け出すことができないという冷徹な事実を目の前に突きつけられてしまったからだ。</p>

<p><br />
<big><strong>「死の肯定」こそが、理不尽な災いに対抗する唯一の手段</strong></big></p>

<p></p>

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/Bel%EF%BD%8C%E5%AE%8C%E6%88%90.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/Bel%EF%BD%8C%E5%AE%8C%E6%88%90.html','popup','width=510,height=346,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/Belｌ完成-thumb-280x189.jpg" width="280" height="189" alt="Belｌ完成.jpg" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>　だが、ここで初めて保安官ベルという平凡な人物の持つ意味が問われる。

<p>　彼はシガーの事件について何ら手を打てないまま、保安官を引退する。毎日を自宅で過ごすつまらない日常。</p>

<p>　ベルはある日、夢を見て、それを妻に聞かせる。その内容は、死んだはずの父と旅をするのだが、父は自分を追い越し、先に行ってしまう。父は自分が辿り着こうとしている場所にいるはずで、そこでたき火をして自分を待っているはず…というもの。</p>

<p>　年老いたベルにとって、若くして死んだ父は「死」の象徴である。彼は死が待ち受けていることを知っているが、それでもそこに行こうと歩き続けようとしている。その道程は無意味かもしれない。だが、それでも旅を続けるしかないのだ。それが生きるということだから。</p>

<p>　おのれの無力さを知り尽くしているベルは、理不尽で無常な世界に対して距離を置くことしかできない。彼の受け身な行動について私たち観客は、保安官であるにも関わらずシガーという圧倒的な悪に対して有効なアクションを起こせなかったと批判することもできる。だが彼は、それでも生きることを止めず死に向かって歩き続ける。</p>

<p>　ベルの夢は、平凡だが力強い「死の肯定」である。そして、これこそが、理不尽な災いに対して唯一の対抗しうることのできる手段なのではないか。それを恐怖の物語のエンディングとして持ってきたところに、コーエン兄弟の人間に対する限りない慈しみを感じた。<br />
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    <title>暗喩に彩られた人生賛歌～　『ダージリン急行』　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</title>
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    <published>2008-04-07T18:00:18Z</published>
    <updated>2008-08-15T15:36:10Z</updated>

    <summary> ※注意！　結末が分かる内容が含まれています。 　『天才マックスの世界』(`98...</summary>
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        <name>竜</name>
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/bike3.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/bike3.html','popup','width=488,height=425,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/assets_c/2008/04/bike-thumb-400x348.jpg" width="400" height="348" alt="bike.jpg" class="mt-image-center" style="text-align: center; display: block; margin: 0 auto 20px;" /></a></span>

<p><strong>※注意！　結末が分かる内容が含まれています。</strong></p>

<p>　<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00008XWUS?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B00008XWUS">『天才マックスの世界』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B00008XWUS" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />(`98)、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000RZEIF6?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000RZEIF6">『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000RZEIF6" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />(`01)、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000RZEIEM?ie=UTF8&tag=associate05eb-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000RZEIEM">『ライフ・アクアティック』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=associate05eb-22&l=as2&o=9&a=B000RZEIEM" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />(`05)など、「世間からちょっとズレてる変人たちの物語」を撮り続けてきたウェス・アンダーソン監督。彼の作品の特徴は、凝りに凝った美術や衣装、小道具、練りに練ったセリフ回しなどオシャレな要素満載なこと。好きな人はハマるが、それが鼻につく人にとっては「面白いんだけど…」と入り込めない原因となってきた。自分はもちろん前者。なので、後者のような人の意見を聞くと、「アレは作品にとって意味のあるモノなんだよ！」と口を酸っぱくして反論してきたのだが、どうも理解してくれなかったんだよなあ…。反省。<br />
</p>]]>
        <![CDATA[<p></p>

<p><br />
　そこで今回は、ウェス・アンダーソンの最新作<strong>『ダージリン急行』</strong>をテキストに、彼の作品における「オシャレ要素」の重要性を。そしてそれを通して彼が何を表現しているのかを語りたいと思う。それでは始まり始まり～。</p>

<p><br />
　父の死がきっかけで絶交してしまった三人兄弟。長男のフランシス（オーウェン・ウィルソン）は、次男のピーター（エイドリン・ブロディ）、三男のジャック（ジェイソン・シュワルツマン）をインドに呼び、「ダージリン急行」に乗って“心の旅”（Spiritual Journey）を行おうと呼びかける。無事出発した三人だが、ちょっとしたことでケンカばかり。ついにはトラブルを起こして列車を放り出されてしまう。<br />
　</p>

<p>　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/Indian1.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/Indian1.html','popup','width=210,height=992,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/assets_c/2008/04/Indian-thumb-100x472.jpg" width="100" height="472" alt="Indian.jpg" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></a></span>…ここまでで前半部分だが、この間にもユニークなエピソードが山のように登場する。長男フランシスはバイク事故で顔中包帯ぐるぐる巻きだし、次男ピーターは離婚寸前の妻が妊娠していることを悩み、三男ジャックも停車する度に別れた恋人の留守電を聞いている。全員にっちもさっちもいかない「人生足踏み状態」なのだ。三兄弟はそれぞれ体の不調を訴え、みんなで鎮静剤や風邪薬を回し飲みする始末（良いのか?）。長男の痛々しい姿に代表される体の不調は、三人の内面を表現した分かりやすい暗喩（メタファー）となっている。</p>

<p><br />
　そう、ウェス・アンダーソン監督作品のオモシロサは、この暗喩なのだ。彼らが道中ずっと父の遺品であるたくさんの旅行カバンを持ち続けるのは父の愛情への固執だし、旅で出会うインド人たちと言葉が通じなくて四苦八苦してしまうのは、兄弟たちが周囲と折り合えなくで苦しんでいることを理解させてくれる。</p>

<p>　兄弟は心の平安を求めて宗教団体の祈祷に参加したりするが、要領を得ないし、列車内でトラブルばかり起こし、ついには放り出される。三人はかつて母に育児放棄され、さらには父も死に、「愛されなかった」という思いに心痛めてしまって現在に至っている。「ダージリン急行」の旅が、彼らの人生をなぞっていることに気付いてしまうと、列車にも関わらず迷子になってしまう（！）挿話も、苦笑しつつ考えさせられてしまうエピソードとして捉えられる。</p>

<p><br />
　このように、ウェス・アンダーソン作品にとって美術や小道具は、物語や登場人物たちを表現するために無くてはならない重要なモチーフである。彼の作品が一瞬たりとも目を離すことができないのは、こういったところにある。細部まで息を凝らして見ているうちに、いつの間にか「アンダーソン・ワールド」としか言いようのない不思議な空間にどっぷりハマッてしまう。</p>

<p><br />
　<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image"><a href="http://tokkan-kozo.com/tairablog/ryoko-kaban2.html" onclick="window.open('http://tokkan-kozo.com/tairablog/ryoko-kaban2.html','popup','width=487,height=425,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://tokkan-kozo.com/tairablog/assets_c/2008/04/ryoko-kaban-thumb-200x174.jpg" width="200" height="174" alt="" class="mt-image-left" style="float: left; margin: 0 20px 20px 0;" /></a></span>特異でスキのない映画演出でアンダーソン監督が描いてきたのは、常に「家族というものの不思議さ」だった。<strong>『天才マックスの世界』</strong>では変人少年と、彼が父のように慕っていた社長の二人が、学校の先生をしている女性をめぐってバトルを繰り広げ、<strong>『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』</strong>では、かつて天才少年・少女ともてはやされた子どもたちと、十数年ぶりに戻ってきた父との確執を描き、<strong>『ライフ・アクアティック』</strong>では、突如現れた息子を、疑似家族である調査船のクルーの一員に迎えた海洋学者を主人公に据えた。</p>

<p>　家族という絆はもろく、同じぐらい強い。矛盾を抱えたこの関係性を、アンダーソン監督はユニークな物語を通して何度も反復してきた。これは彼の生い立ちが深く関わっている。彼は<strong>『ダージリン急行』</strong>PRのために来日した際、インタビューでこのように答えている。</p>

<p>　<strong>「僕 は3人兄弟だし、家族との絆を失った人の気持ちもよくわかる。それは自分が経験したことだから。家族というものは結局、誰もがそれぞれの道を行くことにな るからね。この映画の兄弟について僕が面白いと思ったのは、彼らが全員、特に喪失感を味わった瞬間を描いているところなんだ。彼らの父親が死に、母親は行 方不明、兄弟はそれぞれ自分の家庭を築くことが出来ていないということだね」</strong>（<a href="http://eiga.com/special/show/1325_0">eiga.com2月2日更新号</a>より）</p>

<p><br />
　<strong>『ダージリン急行』</strong>でも「家族」という主題は健在だ。</p>

<p>　<br />
　兄弟は、どんなにケンカしても結局はタクシー、三輪車、そして列車とさまざまな乗り物に一緒に乗ることになる。これは、恋人や友達のように絶つことはできないこの不思議な関係を見事に表現している。</p>

<p>　ちっとも悟ることができない兄弟は、やがて名も知らぬ少年の葬儀に出ることで、仲違いする原因となった父の葬儀の顛末を思い出す。自分たちが大人になった今も、必死に両親の愛情を求めていることを、そしてそれは永遠に叶わないことに気付かされる。過去の囚われを脱ぎ捨て、未来へと目を向けるきっかけとなるこのシーンは、ひたすら感動させられる。</p>

<p><br />
　結局、作品は旅が終わらないまま結末を迎える。ハリウッド的なハッピーエンドじゃないことに不満を持つ人もいるだろうが、僕は本作にふさわしいと思っている。家族のつながりに終わりはないし、それはいつだって現在進行形なのだから。<br />
<strong>（平良竜次）</strong></p>]]>
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