暗喩に彩られた人生賛歌~ 『ダージリン急行』
※注意! 結末が分かる内容が含まれています。
『天才マックスの世界』(`98)、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』
(`01)、『ライフ・アクアティック』
(`05)など、「世間からちょっとズレてる変人たちの物語」を撮り続けてきたウェス・アンダーソン監督。彼の作品の特徴は、凝りに凝った美術や衣装、小道具、練りに練ったセリフ回しなどオシャレな要素満載なこと。好きな人はハマるが、それが鼻につく人にとっては「面白いんだけど…」と入り込めない原因となってきた。自分はもちろん前者。なので、後者のような人の意見を聞くと、「アレは作品にとって意味のあるモノなんだよ!」と口を酸っぱくして反論してきたのだが、どうも理解してくれなかったんだよなあ…。反省。
そこで今回は、ウェス・アンダーソンの最新作『ダージリン急行』をテキストに、彼の作品における「オシャレ要素」の重要性を。そしてそれを通して彼が何を表現しているのかを語りたいと思う。それでは始まり始まり~。
父の死がきっかけで絶交してしまった三人兄弟。長男のフランシス(オーウェン・ウィルソン)は、次男のピーター(エイドリン・ブロディ)、三男のジャック(ジェイソン・シュワルツマン)をインドに呼び、「ダージリン急行」に乗って“心の旅”(Spiritual Journey)を行おうと呼びかける。無事出発した三人だが、ちょっとしたことでケンカばかり。ついにはトラブルを起こして列車を放り出されてしまう。
…ここまでで前半部分だが、この間にもユニークなエピソードが山のように登場する。長男フランシスはバイク事故で顔中包帯ぐるぐる巻きだし、次男ピーターは離婚寸前の妻が妊娠していることを悩み、三男ジャックも停車する度に別れた恋人の留守電を聞いている。全員にっちもさっちもいかない「人生足踏み状態」なのだ。三兄弟はそれぞれ体の不調を訴え、みんなで鎮静剤や風邪薬を回し飲みする始末(良いのか?)。長男の痛々しい姿に代表される体の不調は、三人の内面を表現した分かりやすい暗喩(メタファー)となっている。
そう、ウェス・アンダーソン監督作品のオモシロサは、この暗喩なのだ。彼らが道中ずっと父の遺品であるたくさんの旅行カバンを持ち続けるのは父の愛情への固執だし、旅で出会うインド人たちと言葉が通じなくて四苦八苦してしまうのは、兄弟たちが周囲と折り合えなくで苦しんでいることを理解させてくれる。
兄弟は心の平安を求めて宗教団体の祈祷に参加したりするが、要領を得ないし、列車内でトラブルばかり起こし、ついには放り出される。三人はかつて母に育児放棄され、さらには父も死に、「愛されなかった」という思いに心痛めてしまって現在に至っている。「ダージリン急行」の旅が、彼らの人生をなぞっていることに気付いてしまうと、列車にも関わらず迷子になってしまう(!)挿話も、苦笑しつつ考えさせられてしまうエピソードとして捉えられる。
このように、ウェス・アンダーソン作品にとって美術や小道具は、物語や登場人物たちを表現するために無くてはならない重要なモチーフである。彼の作品が一瞬たりとも目を離すことができないのは、こういったところにある。細部まで息を凝らして見ているうちに、いつの間にか「アンダーソン・ワールド」としか言いようのない不思議な空間にどっぷりハマッてしまう。
特異でスキのない映画演出でアンダーソン監督が描いてきたのは、常に「家族というものの不思議さ」だった。『天才マックスの世界』では変人少年と、彼が父のように慕っていた社長の二人が、学校の先生をしている女性をめぐってバトルを繰り広げ、『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』では、かつて天才少年・少女ともてはやされた子どもたちと、十数年ぶりに戻ってきた父との確執を描き、『ライフ・アクアティック』では、突如現れた息子を、疑似家族である調査船のクルーの一員に迎えた海洋学者を主人公に据えた。
家族という絆はもろく、同じぐらい強い。矛盾を抱えたこの関係性を、アンダーソン監督はユニークな物語を通して何度も反復してきた。これは彼の生い立ちが深く関わっている。彼は『ダージリン急行』PRのために来日した際、インタビューでこのように答えている。
「僕 は3人兄弟だし、家族との絆を失った人の気持ちもよくわかる。それは自分が経験したことだから。家族というものは結局、誰もがそれぞれの道を行くことにな るからね。この映画の兄弟について僕が面白いと思ったのは、彼らが全員、特に喪失感を味わった瞬間を描いているところなんだ。彼らの父親が死に、母親は行 方不明、兄弟はそれぞれ自分の家庭を築くことが出来ていないということだね」(eiga.com2月2日更新号より)
『ダージリン急行』でも「家族」という主題は健在だ。
兄弟は、どんなにケンカしても結局はタクシー、三輪車、そして列車とさまざまな乗り物に一緒に乗ることになる。これは、恋人や友達のように絶つことはできないこの不思議な関係を見事に表現している。
ちっとも悟ることができない兄弟は、やがて名も知らぬ少年の葬儀に出ることで、仲違いする原因となった父の葬儀の顛末を思い出す。自分たちが大人になった今も、必死に両親の愛情を求めていることを、そしてそれは永遠に叶わないことに気付かされる。過去の囚われを脱ぎ捨て、未来へと目を向けるきっかけとなるこのシーンは、ひたすら感動させられる。
結局、作品は旅が終わらないまま結末を迎える。ハリウッド的なハッピーエンドじゃないことに不満を持つ人もいるだろうが、僕は本作にふさわしいと思っている。家族のつながりに終わりはないし、それはいつだって現在進行形なのだから。
(平良竜次)
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テストコメントです。
blog開設おめでとうございます。
ウェス・アンダーソン監督の映画は、日本で観た『ロイヤル〜』でドツボにはまり、しかしモントリオールに帰ってきて観た『ライフ・〜』は語学力の無さが災いして全くわけがわからず、寝てしまいました。
『ロイヤル〜』は一筋縄ではいかないへんな家族の、けっこう直球な絆の物語りだったと記憶しています。記事から予測するに、『ダージリン急行』は字幕なしでも、なんだか楽しめそうな予感...?チェクしてみます!
>とっくりたかこ様
ブログをスタートして初めてのコメントをいただきありがとうございます! カナダで見るウェス・アンダーソン作品は、やっぱり日本とは違うのでしょうか? 興味深いですね。「字幕なしでも楽しめるのか?」とのことですが、正直見当が付きません。まずはご覧になっていただいてご感想いただけると嬉しいです。